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37℃

これ以上、求めてはいけないのに。

だけど求めてしまうのは、絵里ちゃんが大好きだから。

嫌われたくない。もっと理解してほしい。

充分と言っていいほど愛情をくれる絵里ちゃんにそれでも思うのは、

―嫉妬。

他の人と仲良くしないで。

凛だけと話していて。

それは無理だと思いながらも心底から湧き上がってくる感情は整理が付かない。

いいの、一番は凛だから。

そう言っていつも自分を納得させる。見て見ぬふりをしてみるもどうにも落ち着かない。

だから凛は絵里ちゃんが大好きだけど大嫌い。

 

       1

 

コートが手放せない季節が訪れた。新緑だったはずの木々があっという間に紅葉し、葉を落とす。

µ'sの活動も軌道に乗り、徐々に認知度も高まってきた。

毎日が楽しくてしかたがない。それはµ'sのみんなやクラスメイトがいるからにほかならない。

もう一つ言えることは。視線を隣の重みへと移す。正面を見ていたはずの視線がこちらへと向けられた。

「どうしたの、凛」

「なんでもない、絵里ちゃん」

おかしそうに笑いながら、名前を呼ぶ。金色の髪がなびく。碧眼の瞳がこちらをのぞき込んでいる。

これから小腹を満たそうとファストフードへと向かっている最中だった。絵里ちゃんは最近までファストフード店へ行ったことがなかった。女子高生としては珍しく、プリクラも撮ったことがなかった。だけど今は嘘のように馴染み、デート先にもなっている。

街中にも関わらず、手を繋ぎ歩く。それは凛だけに許された特権である。この時間がなによりも大好きで、いつまでも続けばいいと思ってしまう。

寒空の下、つながれた手は温かい。お互いの体温が伝わり、それが愛情へと昇華されていく。

絵里ちゃんの隣は、凛の場所。

誰にも渡したくなくて、熱を感じられているこのときが一番の幸せ。

握りしめた手に力をいれるとまた絵里ちゃんがこちらを向いた。そして開いている手で髪を撫でてくれた。

もうそれだけで満たされていく。

絵里ちゃんがいない未来なんて、考えたくない。

ずっと一緒がいい。

ずっと一緒にいるのだ。

ほら、絵里ちゃんも笑っている。

この穏やかで緩やかな時間は、他の誰にも感じられない二人だけの時間。

 

 

ファストフード店では、お互いに違うものを頼み、窓際の席に座った。そこからは大通りが一望でき、終始人が行き来していた。つい先ほどまで自分たちがいたのだと考えると不思議な感覚だった。どんなに幸せでも紛れてしまえば、なんら変わらない街の一部なのだと。当然のはずなのにどこか飲み込めなくてもどかしい。

「って、凛、聞いてるの?」

「き、聞いてるよ!」と取り繕っても絵里ちゃんには通用しない。勘の鋭さと凛の性格をよく知っている。

「もう」と笑いながら、話を続ける。絵里ちゃんは凛に甘い。

「今度、二人でどこかに出かけましょう…って話してたんだけど」

「どこがいいかなぁ」

先ほど考えていたことなど忘れ、行き先について考え始める。大好きな絵里ちゃんとだったら、どこに行っても楽しいに違いない。遊園地に水族館、映画館、動物園と次々と浮かび上がる。

「…映画館以外がいいにゃ」

苦笑いをしながら答えると「そうね」と返ってくる。

以前、二人で映画を観に行ったときに凛は迂闊にも寝てしまった。活発で身体を動かすことが好きな凛は、映画館は鬼門だった。しかし興味のある映画だったし、隣には絵里ちゃんがいるからと油断してしまった。

いや、絵里ちゃんがいる安心感があったから、寝てしまったのだろうか。元々、行く機会が少なかったものの、それ以来映画館には行っていない。

「じゃあ、スカッシュはどうかしら。久しぶりに身体を動かしたいし」

「凛…やったことないけど大丈夫かな」

「凛なら大丈夫よ。きっと楽しいわ」

絵里ちゃんは不思議だ。凛の不安を一気に消し去ってくれる。

スカッシュはテレビで見たことがあるくらいで、やったことはない。ルールもあやふやで、ゲームのやり方も分からない。

しかし身体を動かすことは好きだ。本当に絵里ちゃんは凛のことを理解していると思う。

飲みかけのジュースに手を伸ばす。氷で薄まった味は、一緒にいる時間の長さを象徴しているようだった。

 

 

駅での別れ際、絵里ちゃんは額にキスをした。人混みに紛れるように一瞬だった。だけどそれは確かに熱を伝え、愛情が込められていた。

伝えきれない想いを行為にして、相手に届ける。

簡単そうで難しいそれは、凛にはできない。いつも貰うばかりで、不満に思っていないだろうか。そう思いつつも受け取ることしかできないのだから、どうしようもない。

いつかは、凛から。

その想いは勇気を授けてくれるだろうか。

繋がれていた手には、まだ温もりが残っている。

 

       *

 

施設を出ると雨は上がっていた。雲はまだどんよりとして、空気は湿っている。清々しい顔をした絵里ちゃんは、空を見上げた。

「雨、上がってよかったわね」

「そうだにゃ」

そっと絵里ちゃんの手に指先を絡める。自然と受け入れて、指先に力が入る。こちらに視線を向けることはなく、一瞬だけ微笑んだ。

「久しぶりに汗をかいて、隣には凛がいる。それだけですごく幸せな気分だわ」

付け足すように

「やっぱりµ'sで活動しているときとは違うわね」

凛の存在をかみしめているようだった。満足げな笑みを浮かべると軽く頬を指先でついた。

絵里ちゃんの特別になっている。

その事実を確認するたびに好きになっていく。

そして満たされ、安心する。

凛でいいのだ、と。

このままでいいのだ、と。

「大好きにゃ」

人前と知っていても嬉しさのあまり抱きしめていた。

「もう…」と言いながらまんざら悪いと思っていないのは、見なくても分かる。

そっと頭を撫でられると歯がゆい。

触れられている熱が全身に浸透していく。

まるで体温が一度上がったように寒空が暖かく感じる。

でもそれも嫌ではなくて、愛おしい。

ありがとう、絵里ちゃん。

絵里ちゃんがいたから、自分に自信が持てる。

抱きしめていた腕が緩むと目の前に大好きな顔があった。それはゆっくりと近付いてきて、額に口付けを落とす。

それからまぶた、鼻の先、頬と下りていき、唇へと触れる。

道端なのに。

羞恥心は愛おしさにかき消されていく。

触れるだけの口付けは、徐々に深くなっていく。

下唇を弄ばれ、貪るように激しさが増していく。

求めるように絵里ちゃんの唾液を飲み込む。そして、絡んだ舌先は直に熱を伝え、口内をかき回す。

唇が重なり、離れる。

すると独特な音を立て、さらに脳内を麻痺させていく。

もっと凛を求めて。

絵里ちゃん、大好き。

壊れものを扱うように優しく撫でていた手は、いつの間にか髪をぐしゃぐしゃにしていた。

それでもいいと思えるのは、絵里ちゃんだから。

初めてではないはずなのに後ろめたさを感じてしまうのは、外だからだろうか。

それでも、したい。

閉じられていたまぶたが開くと視線があった。

その瞳に凛は映っているのかな。

不安に思いながら覗くとうっとりと潤んだ瞳で微笑む。

「凛、いつまでも一緒にいてくれる?」

「あ、あたり前だよ!」

どうしてそんなこと聞くの。

そう言葉にできないまま、飲み込んだ。

 

今日の絵里ちゃんは何かが違う。普段ならばこんな道端で求めたりしないし、こんなこと聞かない。

凛は絵里ちゃんの期待に応えられてるのかな。

暗く人通りの少ない道は、店からもれる明かりとぼんやりとした外灯だけが照らしていた。

どんなに目をこらしても星空は厚い雲が覆い隠していた。

〔 37℃ 〕

A5:26P  300円

※18歳未満の購入はできません。

 

サークル:soy beans(小豆(こまめ)あづき)

pixvi:5409466

http://azukis0y.wix.com/soybeans

 

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※R18が含まれているので、ご注意ください。

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