想いの名は
その日の夜、絵里ちゃんからメールが届いた。
「今日のことは、みんなには内緒だからね」
凛にはデートのことなのか、別れ際にされたキスのことなのか分からなかった。
夕暮れが近付き、少しずつ辺りが深い色に染まっていく。
光を失い、人工的な明かりが灯され始める。
昼間の明るさとは違った景色をうつし、凛と絵里ちゃんを飲み込んでいく。
駅へと続く道は人影がまばらで閑散としていた。
温かかったはずの気温が今ではどこか肌寒い。
風は凛と絵里ちゃんを割くように抜けていく。別れの合図と言わんばかりのそれに戸惑いを隠せない。
ゆっくりと絵里ちゃんが凛の手を握る
。一気に体温が戻り、自分以外の熱は心を穏やかにしていく。
急に絵里ちゃんが立ち止まる。それに合わせるように凛も歩みを止める。
どうしたのだろう。
絵里ちゃんを見ようとしていると視界がふさがれた。
突然の出来事に凛の思考が停止する。
何かに包み込まれるような感触と共に絵里ちゃんの匂いが鼻腔をくすぐる。
温かさは凛の熱を上げていく。
髪をすく手つきは、安らぎを感じる熱に溢れていて、そのとき絵里ちゃんに抱きしめられているのだと分かった。
絵里ちゃん、どうしたの。
凛は不安に苛まれながらも言葉にすることはできない。
しばらく続いたそれは、前触れもなく終わりを告げた。
視界が開けたと思ったときには、鼻が当たりそうなほど近く、絵里ちゃんの顔があった。
うっとりとした潤んだ瞳は、凛の瞳をのぞき込む。
好きよ、凛。
愛おしくてたまらないの。
まるで絵里ちゃんが言っているかのように感情が流れ込んでくる。
熱に侵され、おかしくなってしまいそうだ。
それでも抗うことはできず、欲してしまう。
もっと欲しい。
絵里ちゃんが、欲しい。
その期待に応えるように絵里ちゃんはさらに距離を縮めてくる。
瞳が閉じられた瞬間、唇に感触を感じる。
それは優しく体温をうつし、柔らかい。
一瞬、離れたかと思うとまた唇は唇を求めてくる。
凛は離さないとばかりに絵里ちゃんの腰に手を巻き付ける。
頬には絵里ちゃんの手のひらが重ねられ、じんわりとして温かい。
ぬるま湯に浸かっているような心地よさが全身を伝う。
離れたくない、大好き。
想いは強さを増し、手は絵里ちゃんの服を掴む。
留まることのしらない唇は、何度も重ねられ呼吸が苦しい。
それでも欲し、求め、貪る。
次第に加速していくそれは、舌を絡ませていく。
初めての絵里ちゃんの味にとろけそうなほど陶酔していく。
絡まった唾液は耳障りな音を発しながらもそれ以上の快感を与えてくれる。
絵里ちゃんの想いが、痛いほど伝わってきて、凛の心を満たしていく。
絵里ちゃんの手は凛の尻へとおりてくる。
それはいやらしく撫でまわし、形を変えていく。
「んっ…」
思わず漏れた声は、凛のものとは思えないほど甘く色っぽい。
初めて聞いた自分自身の声に羞恥心が浮かぶ。
その間も手は休むことなく、凛を責める。
カーゴパンツ姿を身にまとった尻は、生身の姿を想像させるようにぴったりとしていく。
内側のパンティは食い込み、刺激が増していく。
「もう…ああっ」
また甘い声が漏れる。
道端ということを忘れ、絵里ちゃんは求める。
凛の羞恥心は好奇心の影に潜め、まるではなからなかったかのようだ。
しばらく続いたそれは、絵里ちゃんのささやきで終わりを告げる。
「次は、凛のスカート姿が見たいわ」
それは艶っぽく耳元でささやかれた。
大好きな絵里ちゃんの声は、断ることができない。
思考停止した凛は、無意識に頷いていた。妖艶な笑顔を向けた絵里ちゃんは満足そうだ。
少しずつ熱は離れ、距離が広がる。
いつもの距離感に寂しさを感じつつも駅への道のりを歩き始めた。
予定のない休日、凛は絵里ちゃんの誘いを断った。
もちろん絵里ちゃんが嫌いになったわけではない。
ただ凛の気分が乗らず、大好きな絵里ちゃんが重く感じた。
それはデートを重ねる度に増していく。
「スカート姿が見たいわ」と言われてから、いくらかデートをしたが、スカートを履くことはなかった。
それを絵里ちゃんは咎めることはせず、一緒に過ごすことだけを楽しんでいるようにも見えた。
凛はそれだけで充分だった。
たけど初めてのデート以来、言わない絵里ちゃんが恐かった。
それは凛がスカートを履くことを拒んでいることを悟られているようだったからだ。
誰にも知られたくない、秘密。
凛の弱い部分を見透かしているような眼差しが絵里ちゃんには存在する。
大好きだからこそ、自分自身を理解してほしい。
全てをさらけ出したいと思いつつも呪縛に打ちのめされる。
これでは駄目だ。
絵里ちゃんに嫌われてしまう。